最近コメントなんかにも私の道具についての事がちらほら出てますので、私の道具についての見解を述べさせていただきます。
以前のエントリーでも書きましたが古来より人間は道具を使い繁栄してきました。そもそも道具とは何か物事を行う時に時間が短縮出来たり、小さな力で大きな作業が出来たりするものです。私は広い意味では服も道具の一種であると考えます。
将来の人間は手と足が退化して脳みそが肥大化すると言った人がいますが、私はそうは思いません。脳みその大きさと賢さは比例してないですし、道具を使わなくなった人間が脳だけで活動できるとは思えないからです。
手先を使わなくなれば確実に脳は退化していきます。手先が器用・不器用も道具である程度の差は埋めれます。
私は決して自分が器用な方とは思ってません。タバコがきれれば手先も震えますし失敗も良くします。それを補ってくれるのが”いい道具”なのではないかと思います。
例えばプロ野球の選手でも道具にこだわっている人・道具を大事にする人が多いと思います。グラム単位でバットのバランスをとったり梅雨次期には湿気を吸って重くなるので専用のケースに入れてる人もいます。
”いい道具”からいい仕事は生まれても、悪い道具からいい仕事は生まれないと思います。いい道具はちゃんとメンテナスをして間違った使い方をしなければ私のDIYレベルでは一生ものです。
「弘法筆を択ばず。」この意味を誤解してる人が多い様に感じます。「凄腕の人は道具に左右されない。」(辞書までこんな事書いてるのには驚きでしたが・・・・本気でそう思ってるのか監修した人に聞いてみたいです。)これは凄腕の人ならある程度の道具なら、それなりの物が出来るという説や、凄腕の人は道具選びも優れてるので迷ったりしない(択ばない)といった説、決して無茶苦茶な道具やメンテナンスされてない物でいいものが出来ると言ってる訳では無いと思ってます。
空海(弘法大使)は大変道具にこだわりを持ってた人で、そういった書物を書いたりもしてるので、その人がそういった意味合いで言ったとは到底思えません。
「道具ばかりいいもの揃えて〜」なんて皮肉も良く聞きますが、これも間違ってます。道具は人を育ててくれます。いい道具を使いこなせた時の快感・・・これ何事にも変え難い物です。
決して 高価な道具=いい道具 とは限りませんので誤解しないでくださいね。極端な話24Kのニッパーなんて使い物になりませんから^^;;;これはいい道具でなく 驕りの道具 と呼びましょう。
いい道具は相対的に値段も高くなりがちですが、思い切って1つ吟味して買ってみると解ると思います。ニッパー1つを取ってみても私は4本持って使い分けてます。私が持ってるニッパーの中でステンレスのやつがありますが、これで私がやってるDIYの全ては事足りるのですが、銅線を切る場合やプラスティックを切る場合・ハリガネを切る場合と使い分けてます。それぞれ切れ味材質大きさ・重さが違いますのでケースバイケースで使ってます。
私が「ゴルゴ13」が好きなのも、あの異常なまでの道具へのこだわりがありながら、ケースバイケースで使い分けてその時でも一切の妥協を許さないセンスに惹かれてるからかもしれません。
私の究極のDIYは自分の道具を自分で考案し作る事かもしれません。
ちなみにこのブログの「猫に小判」は道具ばかりいいものを揃えてって意味で自分自身を揶揄してる意味もあります。くそ真面目なエントリーを書いたのは始めてかもしれん。^^;;;